第20章

宗教改革

聖人たちがよく迫害されたり殺されたりしたにもかかわらず、四方八方から新しい証人が起こされた。 神様の天使たちは任された仕事をやり続けていた。 一番暗いところを捜し、その暗やみから誠実な人々を選び出していた。 この人たちは誤りにうずもれていたのに、神様がサウロを選んだように彼らが真理を広め、「クリスチャン」と言われている人の罪を指摘するために選ばれた器だった。 神様の天使たちはマルチン・ルターやメランクトン、その他いろんなところにいる人々の心を動かし、神様の言葉の生きた証しを渇望するように導いた。 敵は洪水のように入り込んで来たので、それに対して旗を掲げなければならない。 ルターは、その嵐や堕落してしまった教会の怒りに敢然と立ち向かう者として選ばれた。 それに聖なる公言に忠実だった少数の人々を力付るためにも選ばれた。 神様にとって嫌な事を犯すのを彼はいつも恐れていた。 自分の行為によって神様の好意を得ようとした。 しかし、天国からのかすかな光が心の中のやみを追い払って、自分の行為によるのではなく、キリストの血の功績を信頼するようになるまで彼は満足しなかった。 この光で、法王たちや聴罪司祭たちを通さないで、イエス・キリストだけを通して神様のもとに行けると分かった。 ルターにとってこの事はどれほど価値のあることだったか! この世のどんな価値の高い宝物よりも、不明なところを明白して、自分の信じた迷信を追い払ってくれた貴重な新しい光を大事にした。 神様の言葉は新鮮なものとなった。 何もかもが変わってきた。 美点が見えなかったので怖がっていた聖書は彼にとって「」そのものとなった。 聖書は彼の喜びや慰めで、有難い先生であった。 どんな事があろうと、聖書の勉強をやめようとはしなかった。 以前は死を恐れていたが、神様の言葉を読んでいるうちにその恐れが消え、ただ神様の性格に見とれ、神様を愛するようになってきた。 自分のために神様の言葉を調べた。 その中のたくさんの宝物を楽しんで味わってから、教会のためにも調べた。 救いを任せていた人たちの罪に対して彼はうんざりした。 そして本当に多くの人が自分を覆っていたのと同じ暗やみに覆われている事を知った。 ルターは彼らに、世の罪を取り除く唯一の者である神様の小羊を紹介する機会をしきりに作ろうとした。 ローマ教皇の教会の過ちや罪に対して声をあげ、何万人もの人々が自分たちの行為で救われると信じさせた暗やみの鎖を心から断ち切りたかった。 彼は神様の本当の恵みの豊かさやイエス・キリストを通して手に入れる救いの素晴らしさを切に彼らに悟らせたかった。 聖霊の力で声を上げ、教会のリーダーたちがやっている罪を力強く告げた。 そして神父たちの嵐のような反対を受けても、ルターの勇気は無くならなかった。 なぜなら、神様の強い腕を堅く頼みにしたので、勝利を収めると確信していたからである。 ルターが戦いを少しずつ核心の方に進めると神父たちの怒りは激しくなってきた。 彼らは改心させられる事を望まなかったし、安楽と逸楽、邪悪のままで良いと考えていて、教会を暗やみにとどめておきたかった。

ルターは恐れず、大胆に罪をとがめ、そして真理を熱烈に広めた事を私は見た。 彼は悪魔たちや悪い人を気にしなかった。 自分には皆よりも強い者が付いている事を知っていた。 ルターは勇気と熱意と大胆さを持って、燃えていたが、時にはやり過ぎをする恐れもあった。 そこで神様は、宗教改革を進めるために性格が正反対の人を起こして、ルターの手伝いとした。 その人、メランクトン、は小心な人で、怖がりやでありながら注意深く、忍耐が強かった。 彼は神様に非常に愛された。 聖書に大変詳しく、判断力や知恵の点では優れていた。 神様のための働きにかける彼の愛は、ルターと引けを取らないものだった。 主がこの二人の心を合わせ、ずっと引き離す事のない仲間とした。 メランクトンが怖がって、あまり進まない恐れがあった時、ルターに大いに助かってもらった。 一方、ルターがやり過ぎしないため、メランクトンに大いに助かってもらった。 神様の働きがルターだけに任せられたら問題は生じてしまったはずだが、注意深いメランクトンが長い目でものを見たので、よくそういうような問題を避ける事ができた。 一方、全部メランクトンに任せられたら、その働きはよく進めなかったはず。 わざわざ性格の違う二人を宗教改革の担当者として選ばれた事に神様の知恵がある、という事は私に示された。

その時点で、私は使徒の時代までさかのぼって運ばれた。 私はそこでも、神様が熱心なペテロとおとなしく忍耐強いヨハネとを選んで仲間にした事を見た。 ペテロは時々衝動的になった。 熱意のあまり、やり過ぎしてしまうペテロは、よくイエスに愛された弟子に注意されていたが、改善されなかった。 しかし、ペテロが自分の主を否定し、悔い改め、そして改心してから、ヨハネの穏やかな注意だけで彼の熱意は抑えられた。 もし全部がヨハネに任せられたら、キリストのための働きはよく打撃を受ける事になったはずなので、ペテロの熱意が必要だった。 その大胆さや精力でよく二人をも困難から助け出し、敵を黙らせた。 ヨハネは人懐こい者だった。 彼の忍耐の強さや献身の深さで多くの人がキリストのための働きに加わった。

宗教改革を促進し、教皇の教会に存在した罪を力強く告げるためにいろんな人が神様によって起こされた。 サタンはこの生きている証人たちを殺したかったが、神様は彼らの周りに防壁を作った。 神様の名前に栄光を帰すため、ある人には自分の血で証しを押印する事が許された。 しかし他の人、ルターやメランクトンのような強い人たちが生き続け、法王や神父、そして王様の罪を力強く告げる事は、神様に栄光を帰すには一番良い方法だった。 ルターの声を聞くと彼らは震えた。 神様に選ばれた人たちを通して放たれた光線が暗やみを消散し始めた。 そして本当に多くの人がこの光を喜んで受け入れ、その中を歩んだ。 一人の証人が殺されると、二人かそれ以上の人がその穴を埋めるために起こされた。

しかしサタンは満足しなかった。 それは肉体しか支配できなかったからである。 サタンは信者が持っていた信仰や希望を捨てさせようとしたが、できなかった。 殺されても、彼らは正しい人が復活する時に永遠の命を得るという輝かしい希望で勝ち誇った。 彼らは並外れた行動力を持っていた。 あえて一睡もしようとはしなかった。 いつも戦いに備え、クリスチャンの武装を身に着けていた。 敵は霊的なものばっかりではなく、サタンに取り付かれた人間でもあった。 「信仰を捨てないと死ぬぞ」と敵は絶えず叫んだ。 「私はクリスチャンだ」と世の大半が自称しても、キリストのための働きには卑怯だった人より、少数の力強いクリスチャンの方が神様にとって貴重だった。 教会が迫害された間に彼らは団結して、互いに愛し合っていた。 彼らは神様を通して力強かった。 罪人、だます方とだまされる方、両方とも教会に加わるのが許されなかった。 すべてをキリストのために捨てる人だけは弟子になる事ができた。 彼らは貧しく、へりくだって、キリストのようになれる事を喜んだ。

ルカ22:61−62、ヨハネ18:10、使徒行伝3−4章、百科事典で「宗教改革」を参照

第20章 宗教改革 質問

347.天使たちはどこで、誰を探していたんですか。

348.マルチン・ルターが選ばれた三つの理由をリスト・アップして下さい。

349.天国からの光を受けたルターと以前のルターとを比べて下さい。
A.満足した(しなかった)もの
B.神様のもとに行ける(行こうとした)方法

350.聖霊の力でルターは何をしたんですか。

第二段落
351.二人がどうやって助け合ったんですか。

352.神様の働きがルターかメランクトン一方だけに任せられたら、どうなったでしょうか。 

第三段落
353.「ルターとメランクトン」組は聖書に出る組によく似ている。 その聖書の「組」は誰と誰ですか。

第四段落
354.ある人は神様の名前に栄光を帰すため殺されるのを神様は許したが、なぜルターとメランクトンは生き続けたんですか。

第五段落
355.「_________」________________________________、少数の力強いクリスチャンの方が___________。

356.教会はいつ団結して、互いに愛し合ったんですか。

357.その時、二つの種類の罪人が教会に加わるのが許されなかった。 その二つのグループとは?

ボーナス質問: 宗教改革が起こった国々が豊かで、強くなってきたのはなぜかな? 同じ国々は今宗教を捨てようとしている。 どんな結末が待っているんだろう?

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第21章

教会と世間の結合

その後、サタンは自分の天使たちと相談して、「今まで何を手に入れてきたか」について検討した。 何人かの小心者に死を恐れさせ、真理を受け入れるのを妨げる事に成功したのが事実だが、多くの人は真理を受け入れた。 非常に気の小さい者でさえも。 真理を受け入れると、たちまち恐れや臆病が消えた。 そして信仰の上で、「兄弟」という人たちが忍耐強く堅固に死に向かう様子を目撃すると、神様や天使たちがその苦しみを耐えるために助けてあげたのを知っていたので、恐れがなくなり、勇ましくなってきた。 あまりにも忍耐強く、堅固に信仰を保っていたので、殺害者たちの方が震え上がった。 サタンと彼の天使たちは、最終的にもっと確実に人間を滅ぼす方法があるはずと思った。 クリスチャンたちを苦しい目に会わせても、彼らは不動の信仰をもって輝かしい希望に励まされた。 とても弱い者でさえ強くなれ、拷問台や火あぶりの炎にめげなかった様子をサタンと彼の天使たちは見た。 イエスが自分の殺害者の前で見せた高貴な振る舞いをそのクリスチャンたちが真似たので、彼らの不変の心やその上にとどまった神様の栄光を目撃し、真理を確信した人は多かった。 そこでサタンは、もっと穏やかな形で接することを決意した。 聖書の教理をめちゃくちゃにしたので、何百万もの人を滅ぼすしきたりが根を深く下ろしていた。 サタンは自分の憎しみを抑え、支配下にある者たちがそんなに猛烈に迫害しなくても良いと決めた。 その代わり、教会が聖人たちに与えられた信仰のために戦うのをやめさせ、いろんなしきたりのために戦うように導いた。 サタンは恩人のふりをして、「世間からの名誉や好意を受ける事はためになるよ」というふうに教会に勧めた。 しかし、教会はそれを受けるにつれ、神様の好意を失い始めた。 この世の友や快楽を求める人たちが教会に加わるのを許さない純粋な真理を言明するのを避けるようになったので、教会は少しずつ力を失ってしまった。

現代の教会はもう、迫害の炎を味わった時代の特有な(世間から)離れた教会ではない。 その金のくすみ様は! 何と変わり果てたものだ! もし教会がずっと特有な聖なる質を保っていたら、弟子たちに与えられた聖霊の力が今でも彼女にあって働く、という事を私は見た。 病人はいやされ、悪魔たちは叱られて追い出される。 そんな教会は非常に強く、敵にとって恐ろしい教会となる。 自分は「クリスチャンだ」と非常に多くの人は言うが、神様は彼らを自分のものと認めていない事を私は見た。 神様は彼らを喜ばない。 人々が自分はクリスチャンであると思い込むなら、宗教を装っているサタンは大変喜ぶ。 彼らがイエスのこととイエスのはりつけや復活のことを信じても、サタンは大変喜ぶ。 サタンと彼の天使たちもこれらを全部信じ、震えた。 でもこういうような信仰は良い行動を生み出さず、「信仰がある」と言ってもイエスの自制のある人生を真似する程に至る信仰でないなら、サタンは気にしない。 なぜなら、彼らはただ「クリスチャン」という名前を受けただけで、心はまだ世俗的なままである。 だからサタンは彼らを「クリスチャン」と呼ばれていない人よりうまく利用できる。 彼らは「クリスチャン」という名前を使って、自分の心のゆがみを隠している。 清められていない性質やまだ克服していない悪い感情のままでやっていく。 そこで不信者はこれらの欠点をイエス・キリストの顔にぶつけたり、非難したりする。 その上、これで本当の純粋な信仰を持つ人に悪評をかぶせる機会が与えられる。

この世的な口ばかりの「信者」に合わせ、牧師たちは口先のうまい事しか教えない。 これはまさにサタンの思うつぼである。 その牧師たちには、イエスや聖書の鋭い真理をあえて教えるほどの勇気がない。 もし教えようとしても、この世的な口ばかりの「信者」は聞いてくれない。 たとえ彼らがサタンや彼の天使たち同様で、教会にふさわしくなくても、その多くは金持ちだから教会に入れておかないといけない。 イエスの宗教は人気で、尊敬すべきなものだと世の人に見せ掛ける。 人々は宗教を持てば、世間から尊敬されると教えられている。 こんな教えはイエスの教えとは全く掛け離れている。 イエスの教えと世とは平和でいられなかった。 イエスに従った人たちは世を捨てなければならなかった。 この口先のうまい教えはサタンと彼の天使たちによって作られた。 彼らがその計画を立て、そして口ばかりの「クリスチャン」たちはそれを実行してきた。 偽善者や罪人が教会に加わる。 面白い作り話は教えられ、快く受け入れられている。 しかし、もし真理が純粋のままで教えられたら、偽善者や罪人たちはその真理ですぐさま締め出される。 でも、「イエスに従っている」と自称している人たちは一般の世の人々とはなんら変わりがない。 もし教会員がかぶっている仮面を引きはがす事ができたとしたら、そこには腐敗と汚れ、邪悪が現れる。 神様を信じ、遠慮深い性格の人でさえそれを見れば、ためらわないで彼らのことを、「悪魔を父親とする子供たちだ」というふさわしい名前で彼らを呼ぶ事になるのを私は見た。 彼らは悪魔の働きをやっているからそう呼ばれる。 イエスや天国の大勢は皆この光景を見て、うんざりした。 にもかかわらず、神様は教会のために大事な聖なるメッセージを持っていた。 もしこのメッセージが受け入れられたら教会の中に徹底的な改革が起こり、偽善者や罪人を追い出すような生きる証しが復活される上、教会は再び神様の好意を受ける事になる。

イザヤ30:8−21、ヤコブ2:19、黙示録3章を参照

第21章 教会と世間の結合 質問

358.多くの非常に気の小さい者でさえ死に向かった時、どうやって信仰を保っていたんですか。

359.教会が聖人たちに与えられた信仰のために戦うのをやめ、何のために戦うようにサタンに導かれたんですか。

360.何を避けるようになったので、教会は少しずつ力を失ってしまったんですか。

第二段落
361.もし教会がずっと特有な聖なる質を保っていたら、今三つの事をする。 その三つの事をリスト・アップして下さい。

361B.その教会は敵にどう見なされるんですか。

第三段落
362.クリスチャンの信仰が二つの事をするように至る信仰でないと、サタンはクリスチャンじゃない人よりそういうクリスチャンをうまく利用できる。 その二つの事とは?

363.純粋な信仰を持つ人にはどのようにして悪評がかぶせられますか。

第四段落
364.どうしてサタンと同様、あるクリスチャンが教会にふさわしくなくても、入れておかないといけない、と思われているんですか。

365.イエスの宗教はこの世の人にどう見せられていますか。

366.イエスに従った人たちは_______________。

367.神様のメッセージが受け入れられたら、教会で三つの事をもたらす。 その三つの事をリスト・アップして下さい。

ボーナス質問: 「何百万人を滅ぼす」しきたりが教会にあるが、どんなしきたり? SDAの教会にもあるかな? 私たちSDAでもサタンの言っている「世間からの名誉や好意を受ける事はためになるよ」を受けていると編集者は認識しているが、同じ思いなら例を取り上げて下さい。 神様の教会は今日「非常に強く、敵にとって恐ろしい教会」だと思う? そうじゃないなら、なぜだろう?

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第22章

ウィリアム・ミラー

神様は、聖書を信じなかった農夫の心を動かし、預言の勉強を勧めるために天使を送ったのを私は見た。 神様の天使たちは何回もその選ばれた人のところに訪れ、神様の信者にとってずっと意味不明だった預言を彼が理解できるように明かした。 真理の連鎖の最初の一環を教えてくれたので、彼は一環一環を探し続けた。 そのうち、神様の言葉に驚嘆して、感心するようになってきた。 そこに彼は真理の完全な連鎖を見た。 神様の霊感を受けていないと思っていた本は、今や彼の目には美しく輝いていた。 聖書のあるところが聖書の別のところを説明していると分かってきた。 だからあるところが理解できなかった場合、それを説明してくれる別のところを見付た。 神様の神聖なことばを喜びとし、深く尊敬して、いけいの念を抱いていた。

ミラーは預言を順に追って調べると、地球の住民はこの世の歴史が終わろうとしている時代に生きているのに、それに気付いていない事が分かってきた。 教会の腐敗を見渡すと、彼らの愛はイエスからこの世に移ってしまった事が見えた。 彼らは上から来る名誉よりこの世の名誉を求め、天国で宝を貯えるより熱心にこの世の富を手に入れようとしていた。 どこを見ても偽善と暗やみと死が目に入った。 ミラーのうちなる霊は奮起させられた。 エリシャが神様に呼ばれ、自分の牛と農場を去って、エリヤに付いて行ったように、ミラーも神様に呼ばれ、農場を去った。 彼は震えながらも、神様の国について謎に包まれていた事を人々に解き始めた。 すると話をする度に自信が付いてきた。 キリストの二回目の降臨の時まで預言された事を順に追って、人々に教えた。 バプテスマのヨハネがイエスの一回目の降臨を告げ、イエスがやって来るための準備をしておいたように、ウィリアム・ミラーと彼に加わった人たちは神の子の二回目の降臨を宣言した。 

私は弟子たちの時代にさかのぼって運ばれた。 イエスに愛されたヨハネが成し遂げるべき特別な仕事は神様の計画である、と私に示された。 サタンはこの仕事をじゃまするのに一生懸命だった。 そこで自分に仕えている者たちをかき立て、ヨハネを殺そうとした。 しかし、神様は天使を送って、不思議な方法で彼を守った。 ヨハネの救出で神様の強い力が現れ、それを目撃した人々は皆驚いて、そのうち多くの人は彼がイエスに関して証した事は正しく、彼自身が神様と共にいると納得した。 ヨハネを滅ぼそうとした人たちには、もう二度と彼の命を奪うほどの勇気がなかったので、彼はイエスのために苦しみ続く事が許された。 敵に無実の罪が着せられてから間もなく、ヨハネは島流しにされた。 主がその寂しい所に天使を送り、これから地上で起ころうとしている事や、世の終わりまでの教会の状態を彼に明かした。 教会が後退していく事と、もし教会が神様を喜ばせるなら、その時の勝利した教会の置かれる地位をも明かした。 天国からの天使は威厳に包まれながらヨハネの所にやって来た。 その天使の表情は天国の素晴らしい栄光で光っていた。 神様の教会に関する興味深いスリリングな光景をヨハネに示し、教会が耐えないといけない危険な争いの光景をも見せてあげた。 ヨハネは、教会の人たちが炎のような試練を通して白く清められ、最終的に打ち勝って、神様の国で素晴らしく救われるのを見た。 神様の教会が最終的に大勝利を得る場面をヨハネに見せると、天使の顔が喜びと栄光で輝いていた。 教会が最終的に救助される光景を見たヨハネはうっとりして、あまりの栄光でいけいと尊敬の念に打たれ、天使の足元にひれ伏して拝もうとした。 すると天使は直ちにヨハネを起こし、優しく叱って、「そのようなことをしてはいけない。 私は、あなたと同じしもべ仲間であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟たちと同じしもべ仲間である。 ただ神だけを拝しなさい。 イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」と言った。 次に、天使が天国の街の栄華やきらめく栄光をヨハネに見せてあげた。 ヨハネはその街の栄光に圧倒され、うっとりした。 先ほど天使に叱られたのを忘れ、またその天使の足元にひれ伏した。 そしてまた天使に、「そのようなことをしてはいけない。 私は、あなたや、あなたの兄弟である預言者たちや、この書の言葉を守る者たちと、同じしもべ仲間である。 ただ神だけを拝しなさい」と優しく叱られた。

黙示録は牧師たちや一般の人にとって神秘的なもので、聖なる書の他の箇所ほど重要ではないと見なされてきている。 でも黙示録は正に神様からの啓示で、特に世の終わりの時代に生きる人々が本当に何を信じたら良いのか、やるべき事は何なのか等を手引きするものである事を私は見た。 ウィリアム・ミラーが預言について勉強するように導いた神様は、彼が黙示録を解明するため大いに助けてあげた。

もしダニエルの幻が理解されていたら人々はヨハネの幻をもっと理解できたはず。 でも神様はちょうど良い時期に自分が選んだ者の心を動かした。 彼は神様に仕え、聖霊の力ではっきりと預言された事を解き明かし、ダニエルとヨハネの幻や聖書の他の箇所との調和を人々に示した。 更に、イエス・キリストがやって来るのに備え、聖書に書かれている聖なる恐ろしい警告の重要性をも納得させた。 彼の話を聞いた人たち、牧師、一般人、罪人、や不信者は感銘を受け、確信して主に立ち帰り、最後の審判に臨むため準備をした。

神様の天使たちは、天職を果たそうとするウィリアム・ミラーと共に居た。 彼は堅固な人で、動揺せず任せられたメッセージを大胆にも宣言した。 邪悪な世界と俗な冷たい教会があっただけで、彼は奮い起こされ、苦労、窮乏、苦しみなどを進んで受けた。 「クリスチャン」と自称する人たちや世の人々に反対されても、サタンと彼の天使たちに攻撃されても、招かれればどこへでも出向いて、多くの人に永遠の福音を伝える事をやめようとはしなかった。 そこで彼は声を張り上げ、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。 神のさばきの時がきたからである」と教えた。

列王記上19:16−21、ダニエル7−12章、黙示録1章、14:7、19:8−10、22:6−10を参照

第22章 ウィリアム・ミラー 質問

368.ウィリアム・ミラーを何回も訪れた者は誰、それに、何を明かしたんですか。

369.聖書のあるところが理解できなかった場合、どうしたんですか。

第二段落
370.ウィリアム・ミラーが見た教会の愛は何に移って、何を求め、何を手に入れようとしたんですか。

371.どこを見ても________________。

372.ウィリアム・ミラーはある旧約の人物と新約聖書に出る人物と比べられている。 それぞれ誰と比べられ、そして、なぜその人と比べられているんですか。

第三段落
373.主が天使を通してヨハネに二つの事を明かした。 その二つの事とは?

374.神様の教会が最終的に大勝利を得る場面をヨハネに見せた天使の顔の様子を描写して下さい。

375.ヨハネは二回もその天使の足元にひれ伏した。 各回、どうしてそうしたんですか。

第四段落
376.聖書の中で、何書が特に世の終わりの時代に生きる人のため書かれ、そして、その書が手引きする二つの事を答えて下さい。

第五段落
377.ヨハネの幻をもっと理解できるため、何が条件だったんですか。

378.聖書の調和を人々に示したウイリアム・ミラーは、何を納得させたんですか。

第六段落
379.二つの事があっただけでウィリアム・ミラーは苦労、窮乏、苦しみなどを進んで受けた。 その二つの事とは?

380.彼は声を張り上げて、何を教えたんですか。

ボーナス質問: どうして神様は天使を特にウィリアム・ミラーに送って、他の人に送らなかったかな? ヨハネの事がここでそんなに大きく取り上げるのは何のためだと思う?

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第23章

第一の天使のメッセージ

1843年の「時間の宣言」という運動に神様が共に居た事を私は見た。 それが試金石になって、人々が目覚め、決めなければならない立場に立たされるのは神様の目的だった。 牧師たちは預言の期間に関する解釈の正しさを認め、確信した。 自尊心、給料、それに教会を捨て、あちこちにそのメッセージを広めた。 しかし、「キリスト教の牧師」と言われ、天国からのメッセージを本当に心から受け入れた人はわずかしかいなかったので、メッセージが託された人のほとんどは牧師ではなかった。 ある人はメッセージを伝えるために自分の畑を去れ、他は自分の店や商売から呼び出された。 数人の専門家まで、第一の天使のメッセージを伝える人気のない仕事をせずにはいられなく、自分の専門職を捨て去った。 牧師たちは自分の宗派の教えや感情を置き、団結して、イエスがやって来るのを宣言した。 そのメッセージをどこで聞いても、人々は感動した。 罪人は泣きながら悔い改め、許しを求めて祈った。 不正で知られていた人たちは必死に埋め合わせをしようとした。

親は自分の子供に対して深い心遣いを感じた。 そのメッセージを受け入れた人たちの魂が厳かなメッセージの重みを感じながら、不信者である友人や親戚に「人の子」のやって来る事を警告して、備えるよう切願した。 心のこもった警告で重要な証拠が知らされても、服しようとしなかった人たちの良心は本当に麻痺したものだった。 この魂を清める運動によって心は世俗的な事から遠ざかれ、かつて経験した事もないほどの献身ぶりへと導かれた。 何万人もの人は、ウィリアム・ミラーが説いた真理を受け入れた。 このメッセージをエリヤの霊と力によって宣言するため、神様に仕える人たちが引き起こされた。 イエスに先立ったヨハネのように、この厳かなメッセージを説いた人たちも、木の根におのを当て、人々が悔い改めにふさわしい実を結ぶよう、勧めずにはいられなかった。 彼らの証言の強い影響を受けた各教会が目覚め、本当の性質を明らかにするのは神様の狙いだった。 「やって来る怒りから逃れよう」という重大な警告が広まると、各教会に入っていた人の多くはいやしのメッセージを受け入れ、自分の逆戻りに気付いた。 そして悔い改めの激しい涙を流しながら魂の苦悶を感じ、神様の前でへりくだった。 神様の霊に覆われると彼らは、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。 神のさばきの時がきたからである」という叫びに声を合わせた。

特定の時間(にイエスがやって来る)という教えは説教壇にいる牧師から天国に敵対する一番無謀な罪人まで、あらゆる階級の人の大反対を呼び起こした。 「その日やその時は誰も知らない」という声が偽善の牧師たちや無礼にあざ笑う人たちから聞かれた。 両者とも、預言の期間が終わる年を示した人の教えがあっても、キリストが間もなく来る兆しがあっても、その聖句の本当の解釈を聞き入れ、自分の間違えを直そうとはしなかった。 群れの牧者の多くは、「イエスを愛している。 イエスがやって来るという話に反対はしない。 ただ特定の時間の話に異議がある」と言った。 全知の神様は彼らの心を探った。 彼らはイエスを心から愛していなかった。 イエス・キリストが残したへりくだった道を歩んでいないので、自分たちの非キリスト教的な人生では試練に耐えられる事ができないと自覚していた。 こういう偽牧者たちは神様の働きの障害物であった。 真理には説得力があったので聞いていた人たちは目覚め、あの刑務所長(使徒行伝16:30)が尋ねたように、「私は救われるために、何をすべきでしょうか」と尋ね始めた。 そこでこの偽牧者たちは人々と真理との間に割り込んで、口先だけのうまい説教で、皆を真理から引き離そうとした。 彼らはサタンと彼の天使たちと声を合わせて、「大丈夫だ。 平和だ」と叫んだが、本当は大丈夫ではなかった。 神様の天使たちは一切を記録して、そして清くない牧者たちの服は(惑わされた人たちの)魂で血まみれになった事を私は見た。 楽な生活を好み、神様と離れても平気な人たちは、この世的な安心から目を覚めようとしなかった。

牧師の多くはこの救いのメッセージを拒んだばかりではなく、受け入れようとしていた人たちを邪魔した。 人の魂の責任の血は彼らにある。 牧師たちや一般の人が共にこの天国からのメッセージに反対した。 彼らはウィリアム・ミラーの影響力を傷付けるためデマを飛ばしたりして、一緒に働いた人たちを迫害した。 神様からの忠告をはっきりと伝え、聴衆の心を鋭い真理で突いたウィリアム・ミラーに対して何度も人がかっとなって、礼拝の後に彼を殺そうと待ち伏せした。 しかし、彼の命を守るために神様の天使たちが送られ、暴徒の群集から安全なところに連れて行った。 彼の働きはまだ終わっていなかった。

信心深い人たちは喜んでそのメッセージを受け入れた。 メッセージは神様からのもので、ちょうど良い時期に送られたと彼らが分かった。 天使たちは興味深く天国からのメッセージの成果を見つめていたが、各教会がそれに背き、拒否してくると、彼らは悲しみながらイエスと相談した。 するとイエスは各教会から顔を背け、天使たちにその証言を拒まなかった大切な人たちを忠実に守るように命じた。 なぜなら、もう一つの光が彼らを照らす事になるからであった。

「クリスチャン」と言われる人がもし、自分の救い主を愛情の対象とし、現れるのを好んで、この世に匹敵する者はいないと思っていたら、救い主がやって来る最初のほのめかしで大喜びするはず事を私は見た。 でも、自分の主がやって来るのを聞くとそれに対する嫌悪を表したので、彼らは主を愛していない事が確実に立証された。 サタンと彼の天使たちは勝ち誇り、「イエス・キリストの信者」と言われる人たちはイエスが再び現れるのを望んでいないほどイエスに対する愛情が薄い事を、イエスとイエスの聖なる天使たちの面にぶつけた。

神様の民は自分の主がやって来るのを喜んで待ち望んでいる光景を私は見た。 でも神様は、彼らを試す事にした。 神様は自分の手で預言の期間の計算にある一つの間違えを隠した。 自分の主を待ち望んだ人たちはその間違えを見落として、それに預言の期間(の教え)に反対した優秀な学者たちでさえそれを見落としてしまった。 自分の民が挫折に遭うのは神様の計画だった。 そして、預言された時間が過ぎ去った。 自分の主がやって来るのを喜んで待ち望んでいた人たちは悲しんで、落胆してしまった。 それに対して、イエスが現れなくても良いと思いつつも、ただ恐怖心からメッセージを受け入れた人たちは、期待通りにイエスがやって来なかったのでほっとした。 信仰の告白が彼らの心を変えず、人生を清める事もしなかった。 「預言の期間の過ぎ去り」という計画がよく練られ、こういう人たちの心を明らかにした。 その人たちは一番先に刃向かって、イエスの現れを心から望んでいる、悲しんで、落胆した者をバカにした。 神様は、困難に遭うと尻込みする者を探り出すため、自分の民に厳しい試練を与えた。 ここに神様の知恵があるのを私は見た。

イエスと天国に居る者は皆、魂から愛する者に会いたく、首を長くして熱望している人たちを同情や愛情を込めた目で見た。 彼らの試練の時がくると、支えてあげるため天使たちはその周辺の上を舞いていた。 天国からのメッセージを受け入れなかった人たちは暗やみに残された。 天国から光が送られたのに、受け入れようとしなかった人に対して、神様の怒りが燃えた。 自分たちの主がなぜ来なかったのか理解できず、落胆してしまった忠実な人たちは暗やみには残されなかった。 彼らはもう一度預言の期間を調べるために聖書の方に導かれた。 計算した数字から主の手がずらされると、間違えたところが明らかになった。 預言の期間は1844年まで及んでいると彼らが分かってきた。 1843年に預言の期間が終わると教えた証拠その物が、1844年に終わる事を証明した。 神様の言葉にある光が彼らの立場を照らすと、少しの間待つべき期間、「もし幻が遅くなっても、それを待て」を見つけた。 イエスが早くやって来るのを熱望した人たちは、幻の待つべきところを見落としてしまった。 でもこれこそが真に心から待っている人とは誰か、を明らかにするための手段だった。 もう一度彼らにある時点に関するメッセージがあった。 しかし、多くの人がひどい失望感を乗り越えられず、1843年にあったほどの活力や熱意を取り戻せなかった事を私は見た。

サタンと彼の天使たちは彼らに勝ち誇った。 そのメッセージを受け入れなかった人はそれを「妄想」と呼び、その「妄想」を受け入れなかったので自分は賢く、先見の明があると誇らしく思った。 自ら神様からの忠告を拒否している事を彼らは悟らず、サタンと彼の天使たちと手を組んで、天国からのメッセージを生活に取り入れた人たちを当惑させている事に気付かなかった。

このメッセージを信じた人たちは各教会で弾圧された。 しばらくの間、教会の人たちは恐れていたので心の思いを行動に移らなかったが、預言された時点が過ぎ去ると本当の気持ちが明らかになってきた。 信じた人たちは、「預言の期間は1844年まで及んでいる」と証明する使命感に駆られていたが、各教会の人たちはそれを黙らせたかった。 信じた人たちは自分のミスをはっきりと説明して、そして主が1844年にやって来るのを期待している理由を告げた。 反対した人たちはそんな有力な理由に対して言い返すことばを見つける事ができなかった。 信じた人たちに対して各教会の怒りが燃え上がった。 彼らはどんな証拠があろうと、それに耳を貸さない上、他の人に聞こえるチャンスがないように、信じた人の証しを教会から締め出す事を決意した。 それで、神様がくれた光を他人に与えずにはいられなかった人たちは各教会から締め出されてしまった。 しかし、イエスが一緒にいたので、彼らはイエスの表情の光の中に喜んだ。 第二の天使のメッセージを受け入れる(心の)準備ができた。

ダニエル8:14、ハバクク2:1−4、マラキ3−4章、マタイ24:36、黙示録14:6−7を参照

第23章 第一の天使のメッセージ 質問

381.1843年の「時間の宣言」という運動には神様が二つの目的を持っていた。 その二つの目的とは?

382.天国からのメッセージを本当に心から受け入れた牧師は多かったんですか。

383.罪人は泣きながら____、__________。 不正で知られていた人たちは_________________。

第二段落
384.メッセージを受け入れた人たちは誰に警告したんですか。

385.この魂を清める運動は心を何から遠ざかせ、何へと導いたんですか。

386.各教会が彼らの証言の強い影響を受けるには、神様が二つの狙いを持っていた。 その二つの狙いとは?

第三段落
387.特定の時間という教えは誰から誰まで反対を呼び起こしたんですか。

388.群れの牧者の多くは何に反対しないで、又、何に異議があったんですか。

389.全知の神様が彼らの心を探ると、何を見付けましたか。

390.目を覚めようとしなかった人たちは何を好み、又、何に対して平気だったんですか。

第四段落
391.メッセージに反対した人たちはウィリアム・ミラーに対して何をして、それに、一緒に働いた人たちに対して何をしたんですか。

第五段落
392.信心深い人たちがこのメッセージは誰からのものだと分かったんですか。

393.第一の天使のメッセージは良い時期に送られたんですか。

394.各教会がそのメッセージを拒否してくると、イエスは何をしましたか。

第六段落
395.サタンと彼の天使たちは何をイエスと聖なる天使たちの面にぶつけたんですか。

第七段落
396.預言の期間の計算にあった間違えを隠したのは誰? 又、なぜそう計画したんですか。

397.恐怖心からメッセージを受け入れた人たちは信仰を告白したが、その心と人生はどうなっていたんですか。

第八段落
398.魂から愛する者に会いたく、首を長くして熱望した人たちはイエスにどんな目で見られたんですか。

399.天国からの光を受け入れようとしなかった人に対して神様はどう感じましたか。

400.多くの人にとって1843年か1844年か、どちらにより活力や熱意をメッセージに入れたんですか。 それはなぜ?

第九段落
401.そのメッセージを受け入れなかった人は誇らしく二つの事を思った。 その二つの事とは?

第十段落
402.どうして各教会はメッセージを信じた人の証を教会から締め出す事にしたんですか。

403.各教会から締め出された人は、何のために準備ができましたか。

ボーナス質問: セブンス・デー・アドベンチスト教会は預言の間違っていた解釈でできた教会と思う? 第七段落に出てくる「預言の期間の計算にある一つの間違え」と書いてあるが、その「間違え」とは具体的に何?

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第24章

第二の天使のメッセージ

各教会は、第一の天使の光を受け入れようとしなかった。 そして天国からの光を拒むと、神様の好意を失ってしまった。 自分の力に頼り、第一のメッセージに反対したので、自ら第二の天使のメッセージの光が見えない立場に立たされた。 しかし、神様に愛され、弾圧を受けた人たちは、「バビロンは倒れた」というメッセージを聞き入れ、堕落してしまった各教会から離れた。

第二の天使のメッセージの終わり頃に、天国からの光が神様の民を強く照らしているのを私は見た。 その光線は太陽のようにまぶしく見えた。 そして、天使たちが、「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい!」と叫ぶ声を私は聞いた。

「真夜中の叫び」は第二の天使のメッセージに力を付けるために伝えられた。 がっかりした聖人たちを目覚ませ、これからの重要な働きに備えるために天使たちが天国から送られた。 メッセージを先に受け入れた人は優れた才能を持つような人ではなかった。 天使たちは、謙虚で献身的な者のところに送られ、彼らに、「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい!」と叫ばせた。 この叫びが託された人たちは急いで、聖霊の力でそれを広め、がっかりした兄弟たちを奮い起こした。 この叫びは人間の知恵や学識からのものではなく、神様の力によるものだったから、聞いていた聖人たちは抵抗できなかった。 一番信心深い人たちが最初にこのメッセージを受け入れた。 以前神様の働きを率いていた人たちは最後にこれを受け入れ、「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい!」という叫びに声を合わせた。

地の至る所で第二の天使のメッセージに光が当てられ、その叫びは何万人もの心を和らげ、溶かしていた。 そのメッセージは町から町へ、村から村へと、神様の民が完全に奮い起こされるまで回った。 メッセージが各教会に入ることを多くの人は許さなかったので、生きている証しを持つ大きな団体は、堕落してしまった各教会から離れた。 「真夜中の叫び」は素晴らしい事を成し遂げた。 そのメッセージは心の細部まで探り、信者が自分の生きている経験を求めるように導いた。 お互いに頼り合ってはいけないと彼らは分かった。

聖人たちは真剣に自分の主を待ちながら、断食したり、見張ったりして、ほとんど絶えず祈り続けた。 何人かの罪人でさえ、預言された時点に対して恐怖を感じながら待っていた。 でも大半の人はそのメッセージに対してかき立てられたようで、サタンの精神を表していた。 彼らはあざ笑って、(聖人たちを)バカにした。 「その日、その時は、だれも知らない」と言う声が至る所に聞かれていた。 邪悪な天使たちは彼らの周りで大変喜び、心をかたくなにさせようと、天国からの光線を一つも受け入れないように説得した。 そうすれば彼らは更にわなにはまっていく。 多くの人が、「私の主のやって来るのを待ち望んでいる」と言ったが、その中のほとんどの人の本心は全然違っていた。 神様の栄光を目撃し、待っている人たちの謙虚さや信心深さを見て、有力な証拠に圧倒された彼らは口先だけで、「真理を受け入れる」と言ったが、改心しなかった。 彼らは準備ができていなかった。 聖人たちはどこも厳かで、真剣な祈りの霊を感じ、聖なる厳粛さに覆われていた。 天使たちは興味津々に結果を見守り、天国からのメッセージを受け入れた人たちの心を高め、この世の物から心を引き離れ、救いの源から大量に手に入れるように導いた。 その時、神様の民は神様に認められていた。 イエス自身の姿が彼らに反映されたので、イエスは満足そうに彼らを見た。 彼らはすべてを犠牲にし、完全に献身して、不死の状態に移る事を期待していた。 でも悲しくも、またがっかりさせられる運命づけられていた。 救出されると期待していた時点が過ぎ去ってしまった。 彼らはまだ地上に居て、地球がのろわれた時に受けた影響を以前よりはっきりと見えるようになった。 天国に望みを託し、永遠の救出を快い期待の中で味わっていたが、その望みは実現されなかった。

多くの人が抱いていた恐れがたちまち消えたわけではない。 失望した人たちに対してすぐにも勝ち誇る事をしなかった。 でも目に見えるかたちで神様の怒りを感じなかったので、抱いていた恐れから立ち直り、彼らをあざけったり、バカにしたりし始めた。 神様の民はまたもや試された。 世の人たちに笑われ、非難され、バカにされた。 預言された時にイエスがやって来て、死んだ人をよみがえらせ、生きている聖人たちを変え、王国を受けて永遠に所有すると疑わずに信じていた人たちは、キリストの弟子たちと同じような思いをした。 「だれかが、私の主を取り去りました。 そして、どこに置いたのか、分からないのです。」

マタイ24:36、25:6、ヨハネ20:13、黙示録14:8を参照

第24章 第二の天使のメッセージ 質問

404.各教会はなぜ神様の好意を失ってしまったんですか。

405.神様に愛された人たちは第二の天使のメッセージに対して何をしたんですか。

第二段落
406.神様の民に光が強く照らしたのはいつ頃ですか。

第三段落
407.なぜ「真夜中の叫び」は伝えられたんですか。

408.天使たちはどんな者のところに送られ、そして、何を叫ばせたんですか。

409.この時まで神様の働きを率いていた人たちは真夜中の叫びをも率いましたか。

第四段落
410.真夜中の叫びは何を探り、又、何を求めるように導いたんですか。

第五段落
411.聖人たちは自分の主を待ちながら三つの事をした。 その三つの事をリスト・アップして下さい。

412.その時、神様の民はイエスにどう見られたんですか。

413.彼らは________、______、________________。

第六段落
414.多くの人が恐れから立ち直り、失望した人をあざけったり、バカにしたりしたのは、何が原因だったんですか。

ボーナス質問: 1844年に「倒れた」教会は今でも倒れたままかな? 歴史を見れば、神様の民が神様に認められていた回数は非常に少ないように見えるけど、「神様に認められる」ため、何が条件だと思う?

25章 再臨運動の描写 ヘ進む
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